自己理解は、未来への行動のためにある

3月になった。
この頃の陽気は、三寒四温というより、一寒六温といったほうがしっくりくる。
梅も、こぶしも、ミモザも、あちこちで美しい花を咲かせている。
今日は、本の話から。
『リーダーシップの旅~見えないものを見る~』(野田智義・金井壽宏著/光文社新書)の一節に、こんな文章がある。
ここ数年流行のコーチングも、「自分探し」の危険性を孕んでいる。
(中略)
仲間同士がお互いを尊重し承認しつつ、自分とは何かを問い合う行為には危険な心地よさがあるらしい。そういった人たちも、やはりある種の「自分探し」をすることで、目の前に迫っている厳しい選択から目を背けているように思えてならない。
私はプロコーチだからこそ、この文章が気になったのだと思う。
確かに、私自身もコーチングを受け続ける中で、自分自身を深く理解できるようになった。
自分の固定観念も、「正しい」と思い込んでいた価値観も、選択の癖も、怒りや不安の出所も、実はよく分かっていなかった。
コーチングを通して自己理解が進み、自分が何者かが少しずつ見えてくると、自分の扱い方が楽になった。
自己基盤が整っていく感覚があり、その安定感は対人関係にも大きな影響を与えた。
さらに、自分が本当にやりたいこと、ありたい姿も明確になってきた。
未来に向かう不確かさや不安にも、以前より耐えられるようになった。
「分からないなりに前に進める力」が、少しずつ育ってきた実感がある。
だからこそ、引用部分が刺さった。
「厳しい選択」とは何だろう。
ドラッカーの『創造する経営者』にも、
既存のものは必ず陳腐化する。
だからこそ、毎日あらたな機会を発見することに、意識と覚悟と執念を向けよ、とある。
まさに、そこではないかと思う。
心地よさの中に留まり続ければ、
気づかぬうちに陳腐化は進む。
だからこそ、
やりたいこと、ありたい姿に向かって、
今日、何をするのかを決めること。
そして実際に動くこと。
「自分を知る」ことは、とても大切だ。
けれど、それは行動しない理由にはならない。
春の気配を感じながら、
自分にも問いかけている。
私は、今日、未来に向けて何をするのか。
