盲点の発見とリフレーミングは違う

梅雨の合間の晴れ間。
心地よく歩ける気候であることが、とてもありがたい。

夏至も近づき、昼の長さを日に日に感じるようになってきた。

 

今日は、「リフレーミング」について書いてみたい。

先日、コーチングの講座でリフレーミングを扱った。

リフレーミングとは、文字通り「枠組み」を捉え直すこと。
コーチングにおいては、自分が持っている物事への捉え方や意味づけを見直し、新たな視点を得ることを指している。

 

講座の中で、

「今までの自分の視野では見えていなかったところに気づいたので、リフレーミングできた」

という発言があった。

その場では流したのだが、後から少し違和感が残ったので、今日はそのことについて考えてみたい。

 

自分の視野における盲点を発見することは、とても大切なことである。

しかし、それはあくまで、自分を客観視した結果として起きる「気づき」であり、リフレーミングとは少し異なるように思う。

リフレーミングとは、単に盲点を見つけることではなく、その出来事や事実に対する意味づけを変えることだからだ。

 

できれば、その意味づけが前向きな方向へ更新されることで、より大きな価値を持つ。

例えば、自分の盲点を発見したにもかかわらず、

「やっぱり自分は視野が狭くてダメだ」

と思ったままであれば、それはリフレーミングにはなっていない。

 

一方で、

「自分にはまだ盲点があることが分かった」

「視野を広げる余地があることに気づけた」

「特にこの領域に盲点が多いことが明確になった」

と捉えることができたなら、それは意味づけが変わったことになる。

これこそがリフレーミングなのではないだろうか。

 

コーチとして考えてみると、クライアントが盲点を発見しただけで終わっている場合も少なくない。

その気づきをどのような意味として受け取るのか。

そこに寄り添いながら、より前向きな意味づけが生まれるよう関わることができれば、クライアントの可能性の最大化につながる。

 

何気ない一言に違和感を覚えたことから、あらためてリフレーミングについて深く考えることができた。

そして、こうした小さな違和感を大切にしながら、クライアントへの関わり方をより丁寧に行っていきたいと思う。

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