「分かったつもり」が好奇心を奪う

昨日は雨もあり、急な寒さが身に堪えたが、今日は一転して、雲ひとつない澄み切った秋の青空が広がり、過ごしやすい一日になった。
秋は、お店にも色とりどりの果物が豊富に並び、つい柿もりんごもみかんも買ってしまう。
今日もコーチングの話をしたい。
メンターの資格をもつ私は、
先日、ICF(国際コーチング連盟)のACC(アソシエイト認定コーチ)を目指す方の逐語録を拝見した。
特徴的だったのは、クライアントの話に対して、
「そうなんですよ。そうですよね。」
という同意が非常に多かったこと。
また、クライアントの話をそのまま受け止めるのではなく、
「それは○○というようなことなのですか?」
と、コーチ自身の解釈を交えたクローズドクエスチョンも頻繁に見られた。
誤解を恐れずに言うと、クライアントにやや迎合しているだけでなく、自分の解釈で対話を進めてしまっているのだ。
そうすると、一見、順調に対話が進んでいるように見える。
けれど実際には、クライアントがコーチの解釈に引きずられていき、どこか商談をしているような会話になってしまう。
これでは、コーチングセッションとして十分に機能していない。
クライアントの内面から言葉を引き出し、自らを探索していく対話になっていないのだ。
なぜ、同意が多くなり、自分の解釈で進めてしまうのだろう。
それは、クライアントの話の一部、あるいは表層を聴いただけで、その人全体を分かった気になってしまうからではないだろうか。
クライアントが語っていることは、その人全体のごくごく一部にすぎない。
今、聴こえているのは表層の言葉かもしれない。
その奥には、どんな想いや価値観があるのだろう。
そんなふうに、冷静に好奇心を持ち続けることができれば、安易な同意は減っていくのではないかと思う。
「そうですよね」と賛同するのではなく、
「○○と感じていらっしゃるのですね」
と、相手の気持ちを受け止める。
そこには、クライアントとコーチの境界線がある。
そして、自分の解釈で相手の話をまとめようとするのではなく、
「その心の奥には、何があるのだろう」
という好奇心から、問いが生まれてくる。
この「分かった気になる」ということは、自分と同質性の高い相手ほど起こりやすいのかもしれない。
似た経験がある。
考え方も近い。自分にも、その気持ちがよく分かる。
そう感じた瞬間に、相手の世界を自分の経験や価値観で理解し始めてしまう。
そして、こうしたことは、コーチングを始めて1〜2年ほど経ち、ある程度クライアントの話を聴けるようになった頃に、比較的表れやすいように感じている。
では、どうすれば防げるのだろうか。
私は、コーチをしている自分自身を、常に少し離れたところから俯瞰して見ることが大切なのだと思う。
「今、自分は分かった気になっていないだろうか」
「自分の解釈を持ち込んでいないだろうか」
「本当に、この人の世界を知ろうとしているだろうか」
そんなふうに、自分自身を観察し続ける。
そして、何よりも、クライアントへの好奇心を失わないことだ。
好奇心は、コーチングにおいて非常に大切なマインドだと思う。
分かったつもりになった瞬間に、好奇心は薄れていく。
だからこそ、「まだ知らないことがある」という姿勢で、目の前のクライアントに向き合い続けたい。
そんなことを、逐語録を読みながら改めて考えた。
