なぜ伴走支援ができるのか──答えを急がないという選択

3月並みの陽気と聞き、短めのコートで出かけた。
帰りの坂道では、セーター一枚で過ごせるほど穏やかな一日だった。
梅の花も、もう咲き始めそうだ。

独立してから、
「なぜ数年にわたる中小企業への伴走支援ができるのですか?」
と聞かれることがある。
正直なところ、うまく言語化できずにいる。

「トップと自然に話せるから」
「ビジネスの話ができるから」
そう答えることもあるけれど、
それらは決して特別なことでも、模倣不可能なものでもない。
「なぜなんでしょうね」
これが、実は一番正直な答えなのだと思う。

自分でも言語化できないことにもどかしさを感じることはある。
もし明確にできたなら、ノウハウとして示すこともできるのかもしれない。
けれど最近は、
うまく言語化できなくても、それでいいのかもしれないと思えるようになってきた。

言語化した瞬間に「分かった気」になり、
思考が止まってしまうことがある気がするからだ。
仮説として言葉にしてみるのは大切だが、
それを断定してはいけない。

大事なのは、自分自身に問い続けること。
言葉を探し続けることなのだと思う。

これまで使ってきた言葉と、
今しっくりくる言葉が違ってきて当然だ。
多くの人と対話し、さまざまなソリューションを提供し、学びを重ねてきた。
これから先には、また別の言葉が生まれてくるに違いない。

「なぜ私は伴走支援ができるのか?」
今の私が、あえて言葉にするなら──

・クライアント先のトップや幹部に、本音で話してもらえること
・クライアントのニーズや課題を理解できること
・その課題解決に、私自身をどう活かせるかを説明し、提案できること
・心の底から、クライアントの事業・組織・人の可能性を最大化したいと考え続けていること

営業力があるから、という話ではない。
そして、この答えも決して「正解」ではない。

大切なのは、
問いを自分自身に投げ続け、探求し続けること。
そんなことを、あらためて感じた一日だった。

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