ゆるい職場 働きやすさと働き甲斐 規律のなさは何をもたらすか
3月になった
今日は、春とは名のみで風が冷たい
それにしても、年初からもう2か月経ってしまったという実感
年齢を重ねると月日が経つのが早く感じるというけど、それにしても早い
最近は、「不適切にもほどがある」という官九郎脚本のテレビドラマが巷で話題沸騰だ
昭和を良く知る私としては、
「昔は確かにそうだったし、それに疑問も感じずにいたよね」とある意味懐かしさを感じるし、
「よくこれが通用していたものだ、あの頃はよく『女のくせに』と言われたものだ」 と苦々しい思いまで蘇ってくる
「だからといって、現代のコンプラやら〇〇ハラでがんじがらめになっている様相が、本当によいの?」と
このドラマは我々にメッセージを投げかけてくるのだ
コーチングのセッションでも、部下の育成への悩みはつきない
心理的安全性を重視する姿勢は、職場の関係の質を構築するには重要な要素の一つとなる
しかし、心理的安全性のみではなく
規律ある職場にすることが、「学習する職場」にしていく重要なポイントなのだ
規律を重視しないと 単なる「ゆるい職場」になっていく
ゆるい職場では、
成長できないと見切りをつけて 優秀な社員ほど”働き甲斐”を求めてやめていく
その一方で、規律がゆるいことをいいことに、期限は守らない、やりたくないことは指示しても無理と言ってやらない、
何回指導しても仕事の質も量も向上させない、離席やおしゃべりが異常に多い、といった社員を増やしている
そして、
パワハラを怖れ注意指導できない、仕事を依頼しても無理と言ってやらない
このような部下に直面した上司は、自分自身で仕事を抱え込んで疲弊をしてしまう
何かがおかしいのだ
自分のことを振り返ってみると
若い頃に、上司に叱られたことが、今でも、仕事の成果を出す上で必要不可欠な思考や行動になっていることがあまりにも多い
「期日は守れ」 期日になってできないと言われて、手が打てるか! だから3日前に9割できるように仕事しろ! 1週間前には俺に出来栄えをもってこい!
「言い訳をするな」 言い訳なんて自分に嘘をついているだけだ 言い訳しないように行動していなかっただけだろう!言い訳しないよう行動するにはどうしたらよいか考えろ!
「他責にするな」 自分に非がなかったか、まず考えろ! 人差し指で、あいつが悪いと指し示している時は、中指、薬指、小指の3本が自分の方を指しているだろう 3倍自分が悪いと思え!
「評論家になるな」 当事者意識を持て!
書き出すときりがないが、繰り返し繰り返し叱られ、なぜそうしちゃいけないのかという説明もあった。今でも覚えているから すらすら書ける
確かに思い返すと 人前で大声で叱られたり、ゴミ箱蹴とばされたり 今なら即 パワハラ認定!という理不尽なこともあったけど
この愛の鞭がなかったらと思うと、ただただその頃の上司に感謝する次第だ。この歳になって余計にそう思う
厳しさと同時にいろいろな仕事を任せてくれた上司に感謝しかない
ゆるい職場で 人の役に立つための、あるいは顧客へ価値提供をするためのスキルや行動や思考を身につけないまま 何年も経過したら・・・
その結末も自分が背負っていくものなのかもしれないが
規律が、なぜ必要なのか?その規律を守ることが自分だけでなく自分との関わる他者へ視野を広げる術になることを
しっかり語れるリーダーになることが求められているのではないか?
それを思った今日一日だった