決断の軸としての哲学 ~正解のない問いに必要なもの~

今日は
大安 × 一粒万倍日 × 寅の日 × 天赦日
どうやら開運日が重なる、特別な日らしい。

世の中はどこかキナ臭いニュースが続いているけれど、
大切なことを改めて考え、行動に移すには、むしろ良い日なのかもしれない。

最近は、Audibleで小説を聴くのが日課になっている。
その中で出会ったのが、夏川草介著
『エピクロスの処方箋』だ。

作中で、医師である主人公が、
正解のないことを判断し、意思決定をするときに必要なのは
「哲学」だ
というようなことをつぶやく場面がある。

昨年から一年間、私はエグゼクティブコーチとしての学びの一環でリベラルアーツに取り組んできた。
経営者への対人支援を行ううえで必要となる考え方や思想を、西洋や東洋の古典から学んできたのだ。

何千年、何百年と読み継がれてきたからこそ「古典」と呼ばれる。
そこには、人間の本質に迫る問いが書かれている。

もちろん、哲学研究者ではない私が、そのすべてを理解できたわけではない。
コーチングや経営に関わる部分を、ほんの一部学んだに過ぎない。

それでも、その学びを通して、
エグゼクティブコーチとして、
そして一人の人間として、
何を大切にすべきなのか。

自分の倫理観や価値観を、何度も問い直してきた一年だった。

そんなリベラルアーツの学びが一区切りを迎えたこのタイミングで、
偶然選んだ小説の中に「哲学とは何か」が語られていた。

正解のない問いに向き合うとき、自分の答えの軸に哲学があるかどうか

その大切さが語られていたのだ。

それを聴いたとき、
ジグソーパズルの角の大切なピースが一つ埋まったような感覚があった。
なんとも言えず、嬉しくなった。

小説の中での意思決定は、
「生きるか、死ぬか」という究極の選択だ。

もちろん、私の日常はそこまでのものではない。

けれど、
今のやり方でよいのか。
この契約を続けることが本当に正しいのか。
そんな迷いや逡巡に出会うことはある。

そんなとき、
自分の判断や行動の軸になるのは、
やはり自分なりの理念、
つまり哲学なのだと思う。

決断したあと、
認知的不協和に揺れそうになったとしても、
後悔せずに乗り越えていける軸。

それは、
自分で判断し、
自分で決めて行動した結果を、
自分で引き受けるということでもある。

自分のことだけならまだしも、
それが家族や大切な人を巻き込むときでも、
同じように振る舞えるのだろうか。

正解のない問いに対して、
AIはヒントをくれるかもしれない。
けれど、その結果の責任までは引き受けてくれない。

そう考えると、
リベラルアーツ、
つまり哲学は、
やはり学び続ける必要があるのだと思う。

そんなことを、改めて感じた
今日という「開運日」だった。

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